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千円工面して、片岡義男と村上龍を、買ったらいいんだ。

たぶん日本の大学生なら、千円くらい、どうにでも工面できるはずで、その工面したお金で、片岡義男の『東京青年』村上龍の『限りなく透明に近いブルー』を買って読んだらいいと思うんだ。



前者が角川文庫から590円で、後者が講談社文庫から291円で出ている。このたった千円の買い物ですっかり僕は打ちのめされてしまっている。今日もマクドナルドの喫煙席で、夜23時、周囲には誰も座っていない、小さな奇声を上げながらずうっと徘徊していた。実存の危機、と言えば大げさか、今僕は自分の文章の脆弱さと色彩の乏しさを、痛感してしまっている。
上手く行かない表現欲求を、写真で解消してるよう。上手く言葉に言えないけれど、自分には表現したいものが確かにあるんだということ、その存在は痛いくらいに感じている。それを美しく顕在化させるための、力量が、絶望的なくらいに、足りない。自己批判とか、名前だけ格好良くて騙されがちだけど、そんなことする前に、書けよ、って蹴飛ばしたくなる。書いたら書いたで、その舌足らずさに、頭を抱え込んでまた悩もうとする。悩むのはいいけど、書きなさいよ。悩むって、何もしないでいながら、何かしているような錯覚に陥るから、本当に、タチが悪い。僕は、嫌いだ。嫌いなのに、そこに逃げようとする。だから余計に、嫌いなんだ。一昨日、僕は午後中ずうっと、屋上で過ごした。昼休みが終わってから、午後17時まで。ずうっと、空を眺めたり、向側の棟の教室で学生が勉強してる様子を眺めたり、一緒に付き合ってくれた女の子の写真を撮ったり、太陽の角度によって変化する風景の明度を観察したり、誰かが弾いていたクラシックギターの音色を追いかけたり、口笛を吹いたりしながら、一体この美しさをどのように表現したらいいのかを、ずうっと、考えていた。写真はいっぱい撮った。けれど、僕が伝えたい美しさとは、何かが違っているような気がした。文章で書いてみた。もっと、それから遠ざかるようで、うんざりした。それでも、あの美しさを、何とかして形にしたい。僕自身の言葉でもって語りたい。物語を作りたい。切実に。じゃあ書けよ。一体なんなんだろう、この物足りなさ。なんなんだろう、この落ち着きのなさ。どうしてこんなに1日は早く過ぎ去ってしまうんだろう。本当は僕はもっと格好良く生きたいのだ。格好良くありたいのだ。なのにどうして、こんなに、格好良くないんだろう。自分なんて、いらない。こんなもの、徹底的に擦り減らしていって、まっさらにしてやりたい。どんどん自分を透明にしていって、美しいものを美しく感じ取る感受性と、美しさを美しいままに描ききる表現性を、ただ、ひたすらに没頭し続けるような、そうゆう人に、なりたい。もっと、したい。もっともっと、したい。もっともっともっともっともっともっと!!!!!



だからとりあえず、今一生懸命、ラブレター書いている。
by walk_create | 2008-04-25 00:16 | daily
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