猫がベランダに住み着いた。
クッションを外に干していたのが、風の具合で下に落ちていたらしく、そのまま1週間ほど放置していたらそこにこいつがいたのである。 「俺の場所になんか用?」というふてぶてしさ。なんだコイツは。 その日ちょうど部屋にいた恋人は、彼(彼女?」)に色々と話しかけていたが、ことごとく無視されていた。えさになるものがないか、部屋中を探し回っていたけれど、あいにくあげれそうなものは見つからなかった。 「猫にやさしくない部屋だね」 猫へのやさしさまで想定した生活を送ってるわけじゃない。 翌朝。遅い時間に起きて窓を開けると、そいつはクッションから跳ね起きて、さっとこちらの手の届かない物陰へと隠れた。よほどクッションが気に入ったのか、近すぎず、離れすぎずの距離を保ってこちらを見つめている。 ―取らねえって。やるよ、その場所は― 洗濯機を回して、物干しにぶら下げていく。その様子が珍しいのか、隅の方でじいっと様子を伺っていた。あるいは「早くしろよ」というメッセージを送っていたのかもしれない。あのふてぶてしさはそんな気がする。干し終わって窓を閉めたとたんに、クッションの上へと移動して、丸くなって陣を取った。 「ようやくいなくなったか」 ―なんだよ。俺のベランダだよ。文句あっか― 学校から帰ると、僕はまず窓を開ける。するとこいつは迷惑そうな目でこっちを見ながら、もそもそと隅へ移動するのである。「早くどっかいけよ。眠たいんだよ、俺は」 ―何もしないって。流行の猫鍋にもしないって― 適当に話しかけてみたが反応がなかった。基本的に僕はシカトされ続けている。 今日、日曜日は昼間は何も予定がなく、図書館で借りてきたジャズのCDをこいつと一緒に聴いていた。「このベースいいよなあ」「なんだこのスウィングしないピアニストは」「眠たくなるから他のCD聴こうぜ」とりとめもなく話しかけながら、ぼおっとしていた。あと1ヶ月もここにいれば、お前はここいらで一番のジャズ猫になれるよ。 午後5時からバイトがあって、12時に部屋に戻ってきた。窓の下を見てみると、そいつが丸まって俺の方をじいっと見つめていた。 その瞬間僕は外に飛び出していた。ローソンに駆け込んで、牛乳と魚肉ソーセージを購入した。今まで全く、えさなんてもんをあげようと思わなかったのが、「俺がバイトしている間、7時間もここにいたのか…」なんてことを考えたら、いてもたってもいられなくなったのだ。俺だってバイトでまかないをもらって帰ってきた。こいつも食わせてやらないとフェアじゃないだろう。 ソーセージを包丁で薄く切って皿に載せ、牛乳を平たく注いだ。窓を開けるとそいつは一瞬身構えたが、遠くまで逃げるようなことはしなかった。僕は皿を置いてしばらく待ってみたが、そいつは俺のことを警戒しているのか、シャーと鋭い声を発して威嚇していた。 ―別にくっても食わなくてもいいんだぜ? 気が向いたら食えよ― 窓を閉めた瞬間にそいつはさらに近寄って、勢い良く牛乳をなめ始めた。しばらくして覗いてみると、皿に注がれた牛乳は、すっかり乾くほどに嘗め尽くされていて、よっぽど腹空貸せてたんじゃないかと思う。 ―まあ、飲めよ― 僕は新しく牛乳を注いだ。今度は逃げなかった。僕もベランダに足を投げ出して、残りの牛乳に口をつけた。寒かったけど、しばらくこうしていたい気分だった。ジャズが流れていた。 「おやすみ」と僕は手を振ってまどをしめた。そいつはじいっと僕の方を見つめていたが、指して興味がなさそうに、再びクッションの上で丸くなった。今、この文章を書き終わって、チラッと窓の下を見てみたが、相変わらず、そいつはそこを動く気が全くないように見えた。
by walk_create
| 2007-12-03 01:09
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